大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和31年(く)4号 決定 1956年9月10日

抗告人 検察官 高橋雅男

被抗告人 中田文子

主文

原決定を取り消す。

昭和三十年十二月二十二日大阪地方裁判所が覚せい剤取締法違反罪により中田文子に対し懲役八月、三年間の執行猶予の言渡をした右刑の執行猶予の言渡を取り消す。

理由

本件即時抗告の要旨は中田文子は後記のように、刑の執行猶予の言渡を受け、その猶予の言渡の確定前に更に罪を犯し、禁錮以上の刑に処せられその刑につき執行猶予の言渡がなかつたので、検察官は刑法第二十六条第二号により右刑の執行猶予言渡の取り消しを当時の同人の現在地を管轄する岐阜地方裁判所に対し請求したところ同裁判所は同法条に該当しないとの解釈の下に、昭和三十一年四月二十三日検察官の請求は理由がないものとしてこれを棄却する旨の決定をなした。しかし、該決定は法令の解釈を誤つたものであり失当であるから、原決定を取り消し、更に相当の裁判を求めるため即時抗告を申立てた次第であるというにある。

刑法第二十六条第二号にいわゆる「猶予の言渡前」とは「猶予の言渡の確定前」の意味に解するを相当とする。これを別言すれば、刑の執行猶予の言渡を受けた者がその言渡の確定前に更に罪を犯し禁錮以上の刑に処せられその刑につき執行猶予の言渡なきときは、刑法第二十六条第二号に該当し刑の執行猶予の言渡を取り消すべきものと解する。けだし、刑の執行猶予は再犯の虞がないものと認められた場合に言渡すべきものであるから、猶予の言渡を受けた後その確定前に再び罪を犯し禁錮以上の刑に処せられ、しかも、その刑につき執行猶予の言渡なきが如き者に対しては、猶予の言渡がなされなかつたであろうことを推測するに難くはない。それゆえに、刑の執行猶予の言渡を受けた者がその言渡の確定前に更に罪を犯し禁錮以上の実刑に処せられたときは、さきになされた猶予の言渡は再犯の虞がないものとの前提を欠くに至り、他方、猶予の言渡を取消すも猶予の言渡を受けた者に不測の不利益を与えることにはならないから、刑の執行猶予の言渡を取り消し、もつて、猶予の言渡を失効させるべきものとするのが、刑法第二十六条第二号の律意に適合するものと解せられるからである。

本件についてこれをみると、記録によれば、中田文子は昭和三十年十二月二十二日大阪地方裁判所において覚せい剤取締法違反罪により懲役八月(三年間刑執行猶予)に処する旨の判決言渡を受け、同三十一年一月六日該判決確定したところ、その猶予の言渡の確定前である同三十年十二月二十九日更に同法違反の罪を犯し、同三十一年二月七日奈良地方裁判所において懲役四月(未決勾留二十日通算)に処せられその刑につき執行猶予の言渡なく、右刑の執行猶予期間内である同月二十二日該判決確定したことを認めることができる。ゆえに、右は刑法第二十六条第二号に該当し、刑の執行猶予の言渡を取り消すべきものであること前段説示に照らし明らかである。されば、原決定書に徴し明らかなように、右と所見を異にし刑法第二十六条第二号に該当せざるものとの解釈の下に、検察官の本件刑の執行猶予の言渡取消請求を棄却した原決定は、法令の解釈を誤つたものであつて失当であり、本件即時抗告は理由があるから、刑事訴訟法第四百二十六条第二項に従い原決定を取り消し、更に本件刑の執行猶予の言渡を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 石田恵一 裁判官 水島亀松)

検察官の即時抗告理由

中田文子は昭和三十年十二月二十二日大阪地方裁判所において、覚せい剤取締法違反罪により懲役八月右刑につき三年間刑の執行猶予の判決言渡を受け、昭和三十一年一月六日右判決は確定したものであるが、右中田文子は昭和三十年十二月二十九日他の覚せい剤取締法違反の罪を犯し之によつて昭和三十一年二月七日奈良地方裁判所で懲役四月(未決勾留日数中二十日を右本刑に算入する)に処する判決言渡を受け、同年二月二十二日該判決は確定しておるものである。而して中田文子については右懲役八月三年間刑執行猶予の期間中懲役四月の刑が確定したので検察官は刑法第二十六条第二号の規定に基き前記刑の執行猶予言渡の取り消しを岐阜地方裁判所に対して請求したのである。しかるに、同裁判所は刑法第二十六条第二号第三号所定の猶予の言渡前とは刑の執行猶予を主文内容とする事実審の判決の言渡前の意に限ると解して、本件は猶予の裁判言渡後未確定の間の犯罪にあたるから刑法第二十六条各号のいづれにも該当しないので、前記懲役四月の処刑を以て同法第二十六条第二号にあたるとして前記刑の執行猶予言渡の取消を求める検察官の請求は理由がないものとして之を棄却する旨の決定を昭和三十一年四月二十三日なしたのである。(該決定は決定謄本の送達により同年四月二十八日検察官に告知された。)しかしながら、刑法第二十六条第二号第三号所定の猶予言渡前とは、刑の執行猶予を主文内容とする判決の宣告前の意に限ると解すべき根拠はなく、又その解釈は相当でないと思料する。裁判は判決言渡のみによつて直ちに既判力を生ずるものではないから、執行猶予を主文内容とする判決もその裁判の確定したとき初めて既判力を生じ、その実効を生ずるのである。このことから考えても刑法第二十六条第二号第三号所定の猶予の言渡とは、刑の執行猶予を主文内容とする判決の宣告前のみに限らず、刑の執行猶予を言渡した判決確定前をも含む意と解すべきである。従つて本件の場合においては前記刑の執行猶予を言渡した判決の確定した昭和三十一年一月六日以前は刑法第二十六条第二号第三号所定の猶予の言渡前に該り、同条第二号により刑の執行猶予言渡を取り消すべき場合に該当するものと思料する。以上の理由で原決定は刑法第二十六条第二号第三号の解釈を誤つてなした不当のものと考えるから、原決定を取消し、更に相当な御裁判相成りたく抗告申立をした次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例